
労働者派遣法の改正とは?目的や背景・重要ポイントを解説

労働者派遣法(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律)は、社会情勢や働き方の変化に応じてたびたび見直されています。特に、近年の改正は待遇格差の是正や説明義務の強化など、派遣先企業にも対応が求められる傾向です。本記事では、改正の目的や背景、実務でのポイントをわかりやすく解説していきます。
目次
労働者派遣法の改正とは

労働者派遣法は、派遣労働者の働き方や待遇を守るために制定された法律です。時代の変化や社会的課題に応じて繰り返し見直されてきました。特にここ数年は「派遣労働者の安定的な雇用」と「正社員との不合理な待遇差の是正」を大きなテーマとして、法改正がおこなわれています。
コンプライアンスの徹底・自社の人材活用戦略の見直し・企業イメージやリスク管理といった観点からも、労働者派遣法の改正を正確に理解しておく必要があります。
これまでも、改正内容によって、労使協定方式や均等・均衡方式など、派遣スタッフの待遇決定方法の選択や運用に大きな変更がありました。
法令遵守や社内体制を適切に整えるためにも、派遣法改正の十分な理解と準備が必要です。
労働者派遣法の目的と改正の背景
労働者派遣法は、労働者の保護および雇用の安定を図ることを基本的な目的とする法律です。ここでは、派遣法がどのような背景のもとで改正されてきたのかを整理します。
労働者保護の観点
2008年のリーマンショックという世界金融恐慌が発生した際、「派遣切り」と呼ばれる大量の契約打ち切りが社会問題となりました。派遣という働き手にとって不安定な側面を持つ雇用形態がフォーカスされ、労働者の生活や雇用を守る必要性が再認識されました。
その結果、派遣労働者の雇用の安定を目的とした法改正が進められ、無期雇用化の促進や、派遣先による安易な契約終了を防ぐ仕組みが整備されていったのです。
規制緩和と規制強化の変遷
1986年の労働者派遣法施行当初は、「専門性の高い業務に限って派遣を認める」という規制的なスタンスでした。しかし、時代の変遷にともない対象業務の拡大や期間制限の緩和などがおこなわれ、次第に派遣スタッフの活用が進んでいきます。
一方、このように規制が緩和されていくなかで、労働条件の悪化を招くという懸念も高まりを見せました。そのため労働者派遣法は、規制の緩和と強化を繰り返すかたちで制度が見直されてきたのが特徴です。
「働き方改革」における公正な待遇の実現
近年の労働者派遣法の改正では、「働き方改革」の流れを受けて、正社員との間にある不合理な待遇差の解消が重要なテーマとなっています。
その中核となるのが「同一労働同一賃金」の考え方です。「同一労働同一賃金」とは、同じ業務に従事する労働者であれば、雇用形態にかかわらず公正な待遇を受けるべきだという理念に基づいています。詳しくは後述の「同一労働同一賃金とは?」で説明していますが、これにより、派遣先企業は派遣スタッフに対して、待遇に関する情報を適切に提供したうえで、「労使協定方式」または「派遣先均等・均衡方式」のいずれかを選択し、待遇を決定することが義務付けられました。
このような制度の整備は、雇用形態ごとの不利益の是正だけにとどまらず、派遣スタッフの就業意欲・定着率の向上にもつながると期待されています。
社会全体のデジタル化の進展
DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速により、業務の内容や働き方は急速に変化しています。ITツールの導入、クラウドサービスの普及、リモートワークの常態化といった変化により、企業が必要とする人材像やスキルも大きく変わってきました。
派遣労働者にもこれまで以上に専門性や即戦力としての役割が期待されるようになっています。また、労働環境の個別化や多様化が進んだことで、待遇や働き方に対する納得感や説明責任の重要性も高まっています。
このような背景を踏まえ、労働者派遣法も単なる「規制の強化」ではなく、柔軟な人材活用と労働者の保護の両立を目的とした改正が重ねられています。企業にとって、法令遵守という目的だけでなく、労働者との信頼関係を築くうえでの基盤としても今後ますます重要性を増していくと言えるでしょう。
近年の労働者派遣法改正の流れ
近年の労働者派遣法改正では、派遣スタッフと正社員の不合理な待遇差をなくすことが主な目的となっています。この流れは「働き方改革実行計画」に基づく一連の法改正の一環として進められました。
2020年4月改正(同一労働同一賃金)対応のポイント
● 自社が採用している待遇決定方式は明確か(派遣先均等・均衡方式または労使協定方式)
● 派遣元と情報連携し、必要な待遇情報を提供しているか
● 労使協定方式を選んだ場合、対象者の範囲と協定内容は基準を満たしているか
● 派遣スタッフへの待遇に関する説明責任を果たす体制は整っているか
2021年改正(雇用安定措置・オンライン対応等)対応のポイント
● 派遣契約や手続きにおけるオンライン対応ルールは整備されているか
● 紹介予定派遣や直接雇用など、雇用安定措置の活用状況を把握しているか
● 契約書類や労働条件通知など、最新の様式やガイドラインに沿った運用になっているか
同一労働同一賃金の制度運用について、派遣先均等・均衡方式を選ぶ企業は、正社員の賃金・福利厚生などの情報を派遣元に提供する必要があります。情報が不足していると、派遣元で適切な待遇設定ができず、法令違反のリスクが高まります。詳しくは次章で説明します。
同一労働同一賃金とは?

2020年の改正により、派遣スタッフにも同一労働同一賃金の原則が適用され、派遣先企業にも対応が求められるようになりました。本章では、概要と対応のポイントを整理します。
同一労働同一賃金とは
「同一労働同一賃金」とは、正社員と非正規社員(派遣スタッフを含む)との間で、仕事内容や責任が同じであれば、待遇に不合理な差をつけてはならないという原則です。
この考え方は、2020年4月から派遣スタッフにも適用されており、企業は派遣元との連携のもと、適切な待遇決定をおこなうことが求められるようになりました。
派遣労働者の待遇は、次の2つの方式のいずれかで決定することが義務づけられています。
【参考】:厚生労働省・都道府県労働局|派遣労働者の≪同一労働同一賃金≫の概要(平成30年労働者派遣法改正)
待遇決定の2つの方式
待遇の決定には「派遣先均等・均衡方式」と「労使協定方式」があります。
派遣先均等・均衡方式
この方式は、派遣先企業で同じ業務に従事する正社員(比較対象労働者)との待遇差が不合理でないかどうかを確認しながら、賃金・賞与・福利厚生などの条件を決定するものです。
派遣先企業においては、以下のような対応が必要です。
● 比較対象労働者の職務内容や待遇に関する情報を、派遣元へ提供する
● その情報に基づき、派遣元が派遣スタッフの待遇を適切に設定するよう協力する
● 不合理な格差がないことを説明できる体制を整える
派遣先均等・均衡方式は、派遣先としての関与が多く、情報提供責任が大きくなる方式です
労使協定方式
一方、労使協定方式では、派遣元が労働者代表と協定を締結し、あらかじめ定められた賃金水準等に基づいて待遇を決定します。この方式では、原則として派遣先は正社員の待遇情報を提供する必要はありません。
ただし、派遣先企業としては以下の点に留意が必要です。
● 派遣元が有効な労使協定を締結しているかの確認
● 派遣スタッフの待遇に関する問い合わせや苦情が発生した際の対応体制の整備
本方式は比較的シンプルな運用が可能なため、多くの企業で採用されています。
【参考】:
厚生労働省・都道府県労働局|派遣先の皆さまへ
派遣先企業の役割
同一労働同一賃金の原則を運用していくうえで派遣先企業が果たすべき役割を解説します。
比較対象労働者の待遇情報の提供義務
均等・均衡方式を選択した場合、派遣先企業は自社の正社員(比較対象労働者)の職務内容・賃金・福利厚生などに関する詳細情報を、派遣元に提供する義務があります。
これは、派遣元が派遣スタッフの待遇を適切に決めるために不可欠なものであり、情報提供を怠ると、派遣元による待遇設定が不適切な内容となりかねません。結果として、派遣先企業にも影響が及ぶ可能性があります。
教育訓練や福利厚生施設の利用機会提供
派遣先は、派遣スタッフに対して以下のような機会の提供義務も負います。
1. 教育訓練:職務に必要な技能・知識を身につけるための研修やOJT(On the Job Training)の機会提供
2. 福利厚生施設:社員食堂、休憩室、更衣室などの施設利用について、正社員と同様の取り扱いを原則とする
このような取り組みは派遣スタッフの定着や業務の質にも影響を及ぼすため、コストだけでなく人材戦略の一環として位置づけることが大切です。
同一労働同一賃金の原則は、派遣元だけでなく派遣先にも明確な義務と責任が発生する制度となっています。自社が選択した方式に応じて、必要な対応を見直すことが、法令遵守と人材活用の両立に欠かせません。
企業が注意すべきその他の改正ポイント

労働者派遣法の改正では、待遇決定方式や雇用安定措置だけでなく、企業実務に関わる細かな義務や対応方法にも変更が加えられています。ここでは、特に注意が必要な「待遇に関する説明義務の強化」と「契約の電子化」について解説します。
待遇に関する説明義務の強化
2020年の改正により、派遣労働者が自らの待遇について説明を求めた場合、派遣元には説明する義務が課されました。
具体的には、以下のような項目を対象としています。
● 賃金や賞与などの待遇の決定方法
● 福利厚生の取り扱い
● 比較対象労働者との待遇差の理由(均等・均衡方式の場合)
派遣元が的確な説明をおこなうためには、派遣先からの正確な情報提供が不可欠です。そのため、派遣先企業にも以下のような協力義務が生じます。
【派遣先企業が協力すべき事項】
● 比較対象労働者の待遇情報(賃金水準、福利厚生内容など)を適切に提供する
● 派遣スタッフからの問い合わせ・苦情対応において、派遣元との連携体制を整えておく
派遣先に直接的な説明義務はありませんが、説明責任を果たすための情報提供と協力体制の構築は、実務上の重要なポイントです。
労働者派遣契約の電子化の許可
従来、労働者派遣契約書は書面による交付が原則とされていましたが、2021年の法改正により、電子的な方法による契約の締結・保存が正式に認められるようになりました。
具体的には、以下のような対応が可能になっています。
● 派遣契約書のPDFデータによるやり取り
● クラウドサービス等を利用した契約データの保存
● 電子契約サービスの活用による締結プロセスの簡略化
ただし、電子化を進める際には以下の点に注意が必要です。
● 派遣元・派遣先双方の同意が必要であること
● 改ざん防止措置や保存期間の確保など、一定の技術的要件を満たすこと
これにより、契約業務の効率化が可能となる一方で、コンプライアンス面での管理体制整備も求められることを忘れてはいけません。このような制度の運用面に関わる改正は、見落とされがちですが、対応を怠ると法令違反やトラブルにつながりかねません。早めの確認と社内体制の見直しが重要です。
労働者派遣法の改正における派遣先企業の対応

労働者派遣法の改正により、派遣先企業には法令遵守だけでなく、実務運用における管理体制の見直しと強化が求められています。本章では、派遣先として必要な対応を4つの観点から見ていきましょう。
派遣先管理台帳の適切な記載・管理
派遣スタッフを受け入れる際には、派遣先管理台帳の作成と記録の適切な管理が義務づけられています。これは、労働者派遣契約に基づく受け入れ状況を明確にするためのものです。
記載項目には以下が含まれます。
● 派遣労働者の氏名
● 派遣期間・業務内容
● 所属する派遣元事業所名
● 労働時間、就業場所などの就業条件
なお、台帳は派遣就業が終了した日から3年間の保存が義務とされていることもあわせておさえておくと良いでしょう。
【参考】:
厚生労働省 東京労働局|よく聞かれるご質問集(派遣先・請負発注事業主の方へ)
派遣会社への情報提供
「派遣先均等・均衡方式」を採用する場合、派遣元が派遣スタッフの待遇を適切に決定するために、比較対象労働者に関する情報の提供が不可欠です。以下に、提供すべき主な情報を挙げています。
【派遣先均衡・均等方式を採用した場合の情報提供事項】
● 賃金や賞与の支給水準
● 通勤手当や各種手当の有無
● 教育訓練の内容
● 福利厚生施設の利用状況
これらの情報提供は、派遣元から正式な依頼があった場合、合理的な範囲で速やかに対応することが求められているものです。
教育訓練・福利厚生施設利用に関する配慮
派遣先は、派遣スタッフに対しても、正社員と同様に教育訓練や福利厚生施設を利用する機会を提供することが原則とされています。
具体的には、
● 就業中に必要なスキルや知識を習得するための教育機会の提供
● 社員食堂、休憩室、更衣室など、一般的な福利厚生施設の利用機会の確保
など、正社員との均等な取り扱いを基本とした対応が求められます。
ただし、対象施設が物理的に限られているなどの事情がある場合は、派遣元との協議によって柔軟に調整することが可能です。
苦情処理
派遣スタッフが待遇や就業環境に関して不満や疑問を持った場合、派遣元と派遣先の両者で苦情対応にあたる必要があります。
派遣先は以下の点に留意して対応しましょう。
● 自社内の苦情受付窓口の明確化
● 苦情を受けた場合、派遣元と速やかに連携をとる体制の整備
● 必要に応じた、派遣スタッフへの説明や改善措置の実施
また、派遣先の苦情処理担当者については、派遣の指揮命令者とは別の担当者とすることが望ましいとされています。これは、派遣スタッフが安心して相談できる環境を整えるための配慮です。
このように、労働者派遣法の改正は、派遣元だけでなく派遣先企業の実務運用にも多くの影響を与えています。法的義務を正確に理解し、社内体制を整えておくことが、リスク回避と健全な労使関係の構築につながります。
まとめ
労働者派遣法の改正は、派遣元だけでなく派遣先にも大きな影響があります。基本的な目的や背景を理解し、実務での対応を見直すことが、法令遵守と円滑な人材活用につながります。
《監修者プロフィール》
川西 菜都美(監修兼ライター)
結喜社会保険労務士事務所代表。お母さんと子どものための社労士。自身の経験から、子育てと仕事の両立に悩む女性の相談にもあたっている。金融、製造、小売業などさまざまな業界を渡り歩いた経験を活かして、クライアントごとのニーズにあわせたきめ細やかな対応を心がけている。